斉藤氏の講演から 続き  「言葉」が重要だと感じた 子どもの言葉の受け止め方と、こちらからの表現の工夫

講演を聞いて改めて思ったことは、「言葉」が大事ということ。大雑把に言うと、支援者も親も、言葉の善き使い手になること、それから子どもの言葉の奥にある真意の理解者になろうとすることが求められていると思った。そこで、思い出したのが、神田橋條治さん。僕ならこう言う、という表現が私が読んだ本には随所に出てきていたような。私が子どもの不登校のことで出会って来た相談者は、皆言葉のセンスが素晴らしかったことを思い起こした。同じことを伝えるのでも、どう言うか、が大事だと思うのだ。



引きこもりに関するお話のメモの一部分

・怠けに見えるのは、彼らの演技のことが多い。彼らは苦しんでいるが、怠けもののふりをする。何故か? 親からの期待がとても重いから
・言葉を鵜呑みにしない。本物の怠け者は、僕は見たことがない。
・言葉ではなく態度を見ているとよい
・苦しみに寄り添えないなら支援はできない
・ありがちなのは、プレッシャーをかける、恥をかかせる、追い詰める、だ。これらは社会通念上よくあることだが、一旦これらを親は捨てよう。一旦捨てないと、自発性を育めない
昼夜逆転はしていても、あまり重要じゃない。どこへも行かないなら、起きないのは当たり前?というようなことを斉藤氏は言っていた。「まあ、お昼くらいまでに起きればいいよ」と勧めているそうだ 
・ひきこもりの人が動き出す時、周囲がそうしたくて動くより
本人が自発的に始めた方が、そうしたくて始めた方が、持続力が違う。
・親は言葉に余韻を持たせる。例えば、二言以上は言わない。一言しか言わない。

・偶然が起きやすい環境調整をする。家族以外の理解ある第三者との出会い 
・人情の機微 水面下の配慮 芸の見せどころ
・言葉は、立場によって全く違ってくる
・会話を多く。意味がない会話ほど価値がある。どうでもいい話をする。重いテーマを避ける。本人の内面に踏み込まない。どうでもいい話を延々とすることで、家族間の親密性を回復する(これに関してはそういう会話をすること自体が、ひきこもっていると難しいという意見が、他の支援者から出ていた)
・親は情報は集めておく。子どが動き出そうとする時、提供する。
・(いかにも、ということかな)「お父さんというようなお父さん」の変容は難しい


感想

芸の見せどころ、という言葉が琴線に触れます。