役割を果たしている、果たしていない


昨日の日記に書き忘れたことがあった。

役割の話のわかりやすい例として、教師と子どもの例で説明してくれたのだった。
例えば、ある教師が、自分では教師としての役割を果たしていると思っている、とする。でも、もし生徒が、その教師が役割を果たせていないと思っていたなら、それは、教師が自分で果たしたと思っていても、役割を果たしていないことになるのだそうだ。

他にも聞いた例。例えば、自分は親としての役割を果たしているのだろうか、と疑問に思うとする。親はそう思っていても、子どもがその親に相談してくるなら、親としての役割を果たしているということなのだ。このような時、「十分に果たせているだろうか?」とか「最低限度しかできていないわ」などと考えることが、価値観を入れて考えるってことだよね。価値観は主観だから、最低限と自分が考えても、最低限かどうかなんてわからない。なので、価値判断をしないってことかな、たぶん。

相手の反応や行動から、自分が役割を果たしているかどうかわかる。判断するってことかな。

親の会のことで言えば、人が集まって来るということは、その会がユーザーのニーズに応えているからでしょうね、と言ってくれたのが、少なからず嬉しかった〜。それなりに役割を果たしている、ということかなと。あ、「それなりに」も価値観ですかね。これを外して考えられるようになると、楽になるそうな。すると、今よりストレスを感じないんだろうねえ。もやもやしないですむというか、クヨクヨ考えないでいいというか。